
image: prestigeact.com
「時計界のピカソ」、ジェラルド・ジェンタ。彼の名を耳にするたび、「ジェラルドジェンタの最高傑作とは一体どのモデルなのだろう?」と、その答えを探求したくなる時計好きは多いのではないでしょうか。かくいう私も、彼のデザインが持つ抗いがたい魅力に長年惹きつけられてきた一人です。
数々の傑作を生み出した彼ですが、その最高傑作として名高いのが、オーデマ・ピゲの「ロイヤルオーク」と、パテック フィリップの「ノーチラス」です。これらは単なる高級時計ではなく、時計の歴史そのものを変えた不滅の金字塔と言える存在です。
この記事では、この二つの偉大なモデルをあらゆる角度から徹底的に比較・解説します。
この記事のポイント
- ジェラルド・ジェンタの最高傑作と呼ばれる二つの時計
- ロイヤルオークとノーチラス、それぞれの誕生秘話とデザインの秘密
- 両者の本質的な違いと、揺るぎないそれぞれの価値
- なぜ彼のデザインが時計史における「革命」と称されるのか
ジェラルドジェンタの最高傑作は、果たしてどちらなのか。この記事を読み終える頃には、その問いに対するあなた自身の答えが見つかるだけでなく、時計の本質的な価値を見抜く確かな審美眼が養われていることでしょう。
ジェラルドジェンタの最高傑作たる所以。ロイヤルオークの革命

image: prestigeact.com
時計の歴史を根底から覆したジェラルド・ジェンタの最高傑作「ロイヤルオーク」が、なぜそれほどまでに革命的だったのか、その衝撃的な特徴を一つずつ紐解いていきましょう。
見出しクリックで記事に飛べます
伝説の始まり「一夜のスケッチ」
ロイヤルオークの物語は、1972年のバーゼルワールド(現在のWatches and Wonders)前夜に劇的に幕を開けます。当時、オーデマ ピゲの経営陣はイタリア市場からの「これまでにない、まったく新しい防水性能を持つスティール製スポーツウォッチ」という強い要望に応える必要に迫られていました。
そこで白羽の矢が立ったのが、すでに数々のブランドでヒット作を生み出していた天才デザイナー、ジェラルド・ジェンタ氏です。彼はオーデマ ピゲからの緊急の電話を受けると、なんとたった一夜でその基本デザインを描き上げたとされています。この有名な逸話は、彼の頭の中にすでに革新的なアイデアの断片がいくつも存在していたこと、そしてそれを瞬時に形にする比類なき才能を持っていたことの証左と言えるでしょう。
このスケッチこそが、後のラグジュアリースポーツウォッチという一大ジャンルを築き上げる、すべての始まりとなったのです。

時計界の常識を破壊した素材選び
1970年代当時、高級時計とはすなわちゴールドやプラチナといった貴金属で作られるものでした。それは時計業界における絶対的な常識であり、誰も疑うことのない価値基準だったのです。しかし、ジェラルド・ジェンタとオーデマ ピゲは、その常識を木っ端微塵に打ち砕きました。
彼らがロイヤルオークの素材として選んだのは、なんとステンレススチール。当時としては工具や工業製品に使われるイメージが強く、高級時計とは無縁の素材でした。この選択がいかに衝撃的だったかは、想像に難くありません。さらに驚くべきは、その価格設定です。ステンレススチール製のロイヤルオークは、並のゴールド製ドレスウォッチよりも高価に設定されたのです。
これは、時計の価値は素材の希少性だけで決まるのではない、という強烈なメッセージでした。卓越したデザインと技術にこそ真の価値があるという、新たな価値観を時計界に提示した瞬間でした。この大胆な挑戦なくして、現在のラグジュアリースポーツウォッチの隆盛はなかったでしょう。
潜水服から着想を得た八角形ベゼル

image: prestigeact.com
ロイヤルオークを一目見て誰もが認識する最も象徴的な特徴、それは美しい八角形(オクタゴン)のベゼルです。この唯一無二のデザインは、ジェラルド・ジェンタが古い潜水服のヘルメットからインスピレーションを得たと言われています。
よく見ると、ベゼル上には8本のビスが均等に配置されています。これは潜水服のヘルメットを船体に固定するボルトを模したもので、単なる装飾ではありません。このビスは文字盤側からケースを貫通し、裏蓋のナットで締め上げられています。これにより高い防水性を確保するという、機能的な意味合いも持っているのです。
このように、見た目の美しさだけでなく、その背景に明確な機能的理由が存在する。これこそがジェンタデザインの真骨頂と言えるでしょう。無骨なはずのビスが、ここでは気品あふれるデザイン要素として完璧に調和しています。機能から生まれた美しさは、時代を超えて人々を魅了し続ける力を持っていますね。

職人技が光るタペストリー文字盤
ロイヤルオークの顔とも言える文字盤には、「タペストリー」と呼ばれる美しい装飾が施されています。これは、規則正しく並んだ無数の小さなピラミッド状の凹凸が特徴的なギョーシェ彫りの一種です。
この複雑な模様は、光の当たる角度によってキラキラと表情を変え、時計に驚くほどの深みと高級感を与えます。とくに初期モデルに見られる「プチ・タペストリー」は、非常に繊細で緻密なパターンを持っており、これを製造するには現代の機械では再現できない、古い専用のエンジンターンマシンと熟練した職人の手作業が不可欠でした。
ステンレススチールというある種、無機質な素材を使いながらも、文字盤にこれほどの手間と芸術性を注ぎ込むことで、ロイヤルオークは紛れもない「高級時計」としての風格をまとっています。細部にこそ宿るこだわりが、この時計を特別な存在にしているのです。
芸術品と称される一体型ブレスレット

image: prestigeact.com
ジェラルド・ジェンタのデザインの巧みさは、ブレスレットにも遺憾なく発揮されています。ロイヤルオークは、時計ケースとブレスレットがまるで一体であるかのように、滑らかに繋がるデザインが特徴です。
このブレスレットは、手首に向かってコマの幅が徐々に狭くなっていく「テーパード」デザインを採用しており、非常にエレガントなシルエットを描きます。そして、一つ一つのコマは驚くほど丁寧に仕上げ分けられています。表面は落ち着いた輝きを放つサテン仕上げ、そしてエッジの部分は鏡のように輝くポリッシュ仕上げ。この対照的な仕上げが、ブレスレットに立体感と高級感を与えているのです。
腕につけた時のしなやかな装着感と、光を受けてきらめく様子は、もはやステンレススチールとは思えないほどの美しさ。多くの時計愛好家が「ロイヤルオークのブレスレットは芸術品だ」と語るのも、大いに頷けますね。
心臓部に宿る伝説の超薄型ムーブ
どんなに優れたデザインも、それを収める優れた機械なくしては成立しません。ロイヤルオークが、あれほどまでに薄くエレガントなフォルムを実現できた背景には、伝説的な超薄型ムーブメントの存在がありました。
初代ロイヤルオーク「Ref. 5402ST」に搭載されたのは、キャリバー2121。これは、当時世界最高のムーブメントメーカーと称されたジャガー・ルクルトが開発した「キャリバー920」をベースに、オーデマ ピゲが独自に改良を加えたものです。このムーブメントは、センターローターを持つ自動巻きとしては当時世界最薄クラスの3.05mmという驚異的な薄さを誇りました。
この薄く、かつ信頼性の高いムーブメントがあったからこそ、ジェンタが描いたスポーティーでありながらドレッシーでもあるという、矛盾を両立させたデザインが現実のものとなったのです。外装デザインと内部機構、その両方が奇跡的なレベルで融合したのが、ロイヤルオークだったのです。

もう一つの最高傑作。ジェラルドジェンタがノーチラスで示した洗練

image: prestigeact.com
ロイヤルオークの革命的な成功から4年後、ジェラルド・ジェンタは再び時計界を震撼させる傑作を生み出します。もう一つの最高傑作「ノーチラス」がどのように生まれ、ロイヤルオークからいかに洗練された進化を遂げたのかを解き明かしていきます。
見出しクリックで記事に飛べます
4年の歳月を経て生まれた好敵手
1972年に登場したロイヤルオークは、時計市場に大きな衝撃を与え、新たなジャンルを切り拓きました。この成功を、世界最高峰の時計メゾンであるパテック フィリップが見過ごすはずはありません。彼らもまた、自社のコレクションにスポーティーかつエレガントな時計を加える必要性を感じていました。
そして1976年、パテック フィリップは満を持して「ノーチラス」を発表します。デザイナーに起用されたのは、ロイヤルオークを成功に導いた張本人、ジェラルド・ジェンタその人でした。時計界の頂点に君臨するブランドが、新興のラグジュアリースポーツ市場に、しかもロイヤルオークと同じデザイナーを起用して参入したのです。このニュースは、時計業界にとって大きな驚きでした。
これにより、ロイヤルオークとノーチラスは、同じデザイナーから生まれた兄弟でありながら、永遠のライバルという特別な関係性を持つことになりました。時計史における最も刺激的な物語の始まりです。
豪華客船の「舷窓」という着想源

image: prestigeact.com
ノーチラスの誕生にもまた、伝説的な逸話が残されています。ジェンタ氏自身が語ったところによると、それはバーゼルフェア期間中のとあるレストランでの出来事でした。彼は、店内で食事をしていたパテック フィリップの重役たちの姿を見つけます。
その時、インスピレーションを得た彼は、すぐさまウェイターに紙とペンを借り、わずか5分ほどでデザインをスケッチしたと言われています。そのモチーフとなったのが、大西洋を横断する豪華客船に見られる舷窓(げんそう)です。船室から外の景色を眺めるための、あの独特な形状の窓です。
高い水圧に耐えるための頑丈なヒンジ(蝶番)と密閉構造を持つ舷窓。その機能的な形を、エレガントな腕時計のデザインに昇華させるという発想は、まさに天才のそれと言えるでしょう。ロイヤルオークと同様、ここでも機能美が一つの核となっています。

「耳」を持つ独特なケースフォルム
ノーチラスのデザインを最も特徴づけているのが、ケースの左右(3時側と9時側)に突き出た「耳」と呼ばれる部分です。これは単なる装飾ではなく、インスピレーションの源である舷窓の構造に由来する、極めて機能的なデザイン要素です。
舷窓が蝶番と留め具で防水性を確保しているように、ノーチラスもこの「耳」の部分でベゼルとケース本体を固定し、高い防水性能を実現しています。ロイヤルオークが8本のビスで正面から固定する「縦」の構造だとしたら、ノーチラスは側面から挟み込む「横」の構造と言えるでしょう。
また、ベゼルの形状もロイヤルオークのシャープな八角形とは異なり、「丸みを帯びた八角形」と表現される、より優美で柔らかなラインを描いています。この独特なフォルムが、ノーチラスに唯一無二の個性と、スポーティーさの中に洗練されたエレガンスをもたらしているのです。
よりエレガントに進化したブレスレット
ケースから流れるように一体化したブレスレットも、ジェンタデザインの真骨頂です。ノーチラスのブレスレットは、ロイヤルオークのそれと比較すると、より「洗練」と「エレガンス」を追求した進化が見られます。
ロイヤルオークのブレスレットが角張ったコマで構成され、力強い印象を与えるのに対し、ノーチラスのブレスレットは中央のコマが丸みを帯びた形状をしています。さらに、中央のコマには鏡面仕上げ(ポリッシュ)、両サイドのコマには艶消し仕上げ(サテン)が施されており、このコントラストが非常に美しい輝きを生み出します。
このデザインにより、ブレスレット全体がより滑らかでドレッシーな印象となり、腕へのフィット感も極めてしなやかです。細部にわたる仕上げの違いが、時計全体のキャラクターを決定づける好例と言えるでしょう。

ロイヤルオークとノーチラスの本質的な違い

image: prestigeact.com
では、同じデザイナーから生まれたこの二つの傑作の本質的な違いはどこにあるのでしょうか。それは、それぞれのブランド哲学を反映した、目指すべき方向性の違いに集約されます。
まさに、「革命のロイヤルオーク」と「洗練のノーチラス」と表現するのが最も的確かもしれません。両者の違いをまとめると、以下のようになります。
- ロイヤルオーク:コンセプトは「革命と創造」。デザインはシャープで建築的。常識を破壊するパイオニア精神の象徴。
- ノーチラス:コンセプトは「進化と洗練」。デザインは優雅で有機的。既存の価値を昇華させる絶対王者の風格。
どちらが優れているという議論は無意味です。これらは、異なるアプローチで頂点を極めた、比類なき二つの傑作なのです。力強い個性を求めるならロイヤルオーク、優雅な気品を求めるならノーチラス、といった選び方ができるのも、我々愛好家にとっては大きな喜びですね。
もう一つの傑作、インヂュニアSLの存在
ジェラルド・ジェンタの才能の爆発は、ロイヤルオークとノーチラスだけにとどまりません。彼の功績を語る上で、もう一つ忘れてはならない傑作があります。それが、IWCが1976年に発表した「インヂュニアSL」です。
驚くべきことに、この時計もノーチラスと同じ年にジェンタによってデザインされました。インヂュニアSLもまた、ケース一体型のブレスレットを持つラグジュアリースポーツウォッチですが、そのデザインはまた異なるアプローチを見せています。最大の特徴は、ベゼル上に設けられた5つの穴(ドット)です。これにより、スポーティーさに加え、どこか計器のようなインダストリアルな雰囲気をまとっています。
一部の時計愛好家は、ロイヤルオーク、ノーチラス、そしてこのインヂュニアSLを合わせて「ジェンタ3部作」と呼んでいます。彼の創造性が、いかに特定のブランドの枠を超えた普遍的なものであったかがよく分かります。このインヂュニアの存在を知ることで、ジェンタデザインの世界はさらに奥深く、魅力的なものになるでしょう。
総括:ジェラルドジェンタの最高傑作は不滅の二つの金字塔
今回は、時計界の巨人ジェラルド・ジェンタの最高傑作について、深く掘り下げてきました。彼が生み出した革命的なデザインが、いかに時計史に影響を与えたかをご理解いただけたのではないでしょうか。

- ジェラルド・ジェンタは時計史に名を刻む天才デザイナーである
- 彼の最高傑作としてまずオーデマ ピゲのロイヤルオークが挙げられる
- ロイヤルオークは1972年に発表され、時計界に革命を起こした
- デザインは潜水服のヘルメットに着想を得た八角形ベゼルが象徴
- 高級時計にステンレススチールを採用し当時の常識を覆した
- 「タペストリー」文字盤と一体型ブレスレットは芸術的と評される
- もう一つの最高傑作がパテック フィリップのノーチラスである
- ノーチラスはロイヤルオークから4年後の1976年に登場した
- 豪華客船の「舷窓」をモチーフにした優雅なデザインを持つ
- ケースサイドの「耳」はデザインと機能を両立した独創的な構造
- ノーチラスのブレスレットはよりエレガントに洗練されている
- 両者は「ラグジュアリースポーツウォッチ」という市場を創造した
- 本質的な違いは「革命のロイヤルオーク」と「洗練のノーチラス」
- 初期モデルの心臓部は共に伝説的な超薄型ムーブメントを搭載
- IWCのインヂュニアSLを含め「ジェンタ3部作」とも呼ばれる
- 最高傑作は単一でなく、異なる価値を持つ二つの不滅の金字塔である
最後に
今回は、ジェラルド・ジェンタの最高傑作について、ロイヤルオークとノーチラスという二大巨頭を中心に徹底解説しました。時計の歴史を変えた革命的なデザインと、その背景にある物語をご理解いただけたのではないでしょうか。
今回の記事でロイヤルオークの魅力に触れ、その価値についてもっと知りたくなった方は、当ブログのオーデマ・ピゲ関連記事もぜひご覧ください。ブランドが持つ哲学や、他のモデルの魅力についても深く知ることができます。
また、ジェラルド・ジェンタが創造した「ラグジュアリースポーツウォッチ」というジャンルそのものに興味を持たれた方には、他のラグスポ時計をまとめた記事もおすすめです。現代の多様なラグスポの世界を知ることで、時計選びの視野がさらに広がるはずです。